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2019年9月 4日 (水)

見てはいけないもの

 

お婆ちゃんの短期施設入所

不安と期待の小学一年生の気分の私

ドキドキしながらも

にこやかに包み込むような笑顔の施設のリーダ職員に出迎えられた。

色々なアドバイスをもらい、信頼して菓子折りを手土産に持っていって

(菓子折りと私の心を返して!と叫びたい)

2日目に私は今までにない悔しさと悲しみでわーわーと泣き

お婆ちゃんのパジャマに大きくマジックで書いて縫い付けた。

戦争に行くみたいな名札をつけた。

こんなところに、こんな人に預けなきゃいけないんだ。

と信じてた人、場所の見てはいけない部分を見てショックから立ち直れず

毎日面会に行った。パパさんも毎日仕事帰りに寄っては顔を見てきた。

しかし、私たちが騒いだところで、人質、私ひとりが我慢すれば済む話

(何をされたか書けなくてわかりづらくてスミマセン)

(ご想像にお任せシマス)

リーダーの職員以外の方は黙々と仕事をこなしよく看てくれたので感謝している。

ショートステイというところは、本来家族の人の出入りが少ないところだものね。

勿論他の施設ではそんなことはしてないと思うけど。

そうしているうちに、抵抗力が弱っているお婆ちゃんはインフルエンザに感染し、また入院

入院をすると、施設も退所扱いで、また行くところが無くなっちゃうんだよね。

日中も夜中もいつ電話がかかってくるかわからない状態で

眠れない毎日がずっと続いた。

インフルエンザが治っても肺はもうボロボロでいつ止まってもおかしくない状態だった

それでも退院を迫られ

転院を繰り返し、

最期は酸素ボンベでキャッチャーでの移動で新しい病院に転院して

3日目ですべての苦しみから解放され本当に眠るように息をひきとりました。

みんなが見守る中、ちゃんとお別れの日を自分で決めたかのような

立派な最期でしたよ。

亡くなる前日まで意識もあったし、私のことも娘の名前も覚えていてくれた;

心電図の脈がぴ~~~~と波が途絶えて平らな線になったとき

覚悟はしてても、震えが止まらず、頭の中は真っ白で泣き叫びました。

みんなは(娘や孫達)シクシク静かに、お母さんに”お疲れ様”と声かけていたのに

私は止まったままのお婆ちゃんの手や指を叩いてました。

身体を揺らしたりすると脈は一瞬波打つそうです。(アホ)

                                                                   

遺体でお家に帰ってきたとき

らんぷ~はしばらくグルグル回りましたが、もうらんぷ~の知ってるお婆ちゃんの臭いは

しなかったのか

わからなかったのか

近寄ろうとはしませんでした。

                                                                    

病院や施設を転々としたけど

手厚い介護を受け、毎日のように娘達も孫達も頻繁に見舞いに通い顔を見て毎日話が出来た。

辛い日々ながらも、良い時間を過ごせたのではと思います。(ってかそう思うようにしてる)

                                                                  

葬儀や亡くなった後の諸手続き、入院費の支払い、49日やお盆が終わって

月日が経ったのに

寂しさが込み上げてくる。

そんなものなのか。

お爺ちゃんのときはお婆ちゃんが居た。

だから

こんなポッカリ感はなかったんだよな。

 

 

 

 

 

 

 

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コメント

おばあちゃん亡くなられたんですね。らんぷーママさんとのプチバトルにずいぶん笑わせていただいたこと思い出しています。
らんぷーママさん、いいお世話ができてよかったですね。お疲れ様でした。
らんぷ〜ちゃんもおばあちゃんがいなくなって寂しくなったね。
私も7月にじーちゃん(義父)を見送り、満中陰を終えたばかりです。
認知症を患ってどんどん記憶が失われたじーちゃんは誤嚥性肺炎から食べれなくなって、4カ月点滴だけで頑張ってくれました。毎日病院に通ったけど、話をする事はかなわなかったです。
おばあちゃん、みんなと最後までコミュニケーションがとれて幸せだったでしょうね。
ゆっくり休養して、また元気ならんぷーママさんに戻ってくださいね。おばあちゃんもそう思ってますよ!
ご冥福をお祈りいたします。

投稿: カレン | 2019年9月 5日 (木) 20時35分

お姑さま ご愁傷さまでした。

いろいろと 大変でしたね。
ママさん、長い間お疲れさまでした。
手厚い介護をしていたママさん、きっとおばあちゃまも
感謝していらっしゃると思います。
まだ、やらなくてはならない用事も多いとは思いますが
心とお体を労わって下さいね。
お姑様のご冥福をお祈りいたします。

投稿: yuri | 2019年9月 6日 (金) 13時41分

カレンさんへ
温かきお言葉ありがとうございます。
カレンさんも同じような思いをしていたのですね。
誤嚥性肺炎、お婆ちゃんも何度も繰り返し胃ろうも勧められました。
食欲はあって食べても体の中で栄養を送り込む機能がなくなって栄養失調状態が長く続きました。
家の中にはもう半年以上も居なかったから
一人には慣れている筈なのに
存在がないというのはまた別に淋しいものなんですね。

投稿: rannpu-mama | 2019年9月 6日 (金) 16時35分

yuriさんへ
自宅で看てるとき
施設に預けてる人を羨ましく思いましたが
全然間違ってました。
身体は楽をさせてもらいましたが
精神的にすごく辛かったです。
ひとときも熟睡する日はありませんでした。
もうそんな辛いことも終わり
今はお婆ちゃんも私も楽になった筈。
あ、手厚い介護をしてくれたのは施設の方と病院の看護師さんです。私じゃないです。

投稿: らんぷーまま | 2019年9月 6日 (金) 16時41分

長いことまともにパソコンを開かずにいてお義母様のことまるで知らずにいました
本当にお寂しくなられましたね
覚悟はしていてもやはりその時が来ると辛いし苦しいですよね
だけど、お姑さまのためにこんなに怒ったり悲しんだりできるらんぷーままさんは本当にいいお嫁さんでしたね
大きな声では言えないけれど、わたしはたぶん夫の母親に対してそこまで親身になれないと思います
お義母さんもいいお嫁さんに最後まで大切にしてもらって幸せだったと思います
東京のご実家共、台風の影響はありませんでしたか?また雨が降るようで心配ですね
寒くなるのでお体に気を付けてくださいね 

投稿: Akiki | 2019年10月18日 (金) 00時08分

Akikiさんへ
ありがとうございます。
何かをするたび
去年の今頃は・・・
とか
まだ亡くなって4か月しか経ってないんだ。
とか
ディサービスや施設、病院なども毎日のように通る場所なので思い出したくないこともシバシバ・・・よみがえったり
はいはい、嫌なことはとっとと忘れます。

投稿: らんぷーまま | 2019年10月21日 (月) 12時11分

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