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2013年9月11日 (水)

あっけなかった

さて、最終章に入るぞ~~

私が青森に一旦帰ってたった二日で父は旅立ってしまいました。

前日まで煙草を吸ってご飯はもう飲み込む力がなかったものの

流動のゼリーみたいなものは嫌いといって

とんがりコーンを食べてたそうなwobbly

少し前まで自分でトイレにも行けていましたが

もう足の力も無くなって

生まれたての子牛のように足をプルプルさせ(妹が言ってた言葉デス)オシッコも間に合わないので

嫌がる父に看護婦さんがオムツをしてくれました。

近所に住む妹も、まだまだ長期戦になると

まさかそんなにあっけなくお亡くなりになるはずがないと信じて

オムツを沢山買い込んできたのに

たった2枚ほど使って逝ってしまいました。

(こんなものするぐらいなら死んだほうがましだ~~~!とでも思ったのでしょうか)

8月30日の21時30分妹家族や母、看護婦さん、近所の方に見守られ静かに永眠

暴れたり、吐血などもなく眠るように旅立ったとのことです。

次の日の土曜早朝

らんぷーままとパパさんでまた東京に向かう。

おばあちゃんのことは事前にお姉さんに言ってあってらんぷーままとパパさんが家を空けるときには家に泊まりこんでもらう

お願いをしていました。

らんぷーはというと

最初はペットホテルに預ける予定でしたが

いざそのときになると

不安で餌も食べない状態から見知らぬペットホテルに預けるのも

可愛そうだったので

2階部分から降りてこられないようにして(脱走防止)

↑普段のお留守番の時と同じ状態

フードをあちらこちらに置いて、水も大きなゆきひら鍋や器にあちこち置いて

オシッコシートも沢山場所を広げて

住み慣れたお部屋でお留守番してもらうことを決意。

3日ぐらいなら、頑張ってくれると信じて。

 

訃報の知らせで駆けつけたけれど

友引が入ったり、火葬場が混雑している関係で

通夜、葬式、が遅れました。

私は母や妹と葬儀社の人と打ち合わせをしたり、いろいろな準備で遺体のそばにいましたがパパさんはまた青森に帰りらんぷーの様子も見たり仕事もそんなに長くは休めないので

お葬式と火葬だけ出席するため日帰りでの東京⇔青森間を

朝一番と夜遅くの新幹線で往復

昔だったら考えられないことでしたね~~JRはやぶさに感謝感謝

自宅から葬儀場へと運ばれる時も

大勢のお友達(下町のおっちゃんパワー)が見送ってくれて

”ミノルちゃん(父の名前)、寒いとこ嫌いなのに可愛そうにな~~”と泣いてくれました。なんか可笑しかったcoldsweats01寒いとことは葬儀場の遺体安置の冷蔵庫のこと

通夜、葬式は50名程度で見積もっていたのに

100人以上も会葬いただき、沢山の人が泣いてお別れしいてくれました。

うん、なかなか生前顔が広かったんだな~~(仕事もしてないのに)

若い男の子もいて

生前息子のようにかわいがっていた、太鼓の教え子とかも来てくれました。

青森では

火葬を一番にしてしまうことと

通夜振る舞いなどが簡素化されているので

なんだかよく進行が違ってとまどった~~

さいごのお別れの花をみんなで手向ける場面では

家にあったカセット、”八木節”を流してもらい

御棺にはタバコとお酒と太鼓の法被や撥を入れました。

賑やかなはずの八木節が悲しみを大きくさせました。

本当にパタパタとあっけない最期で今でも信じられません。

傍らにいつもいた人を亡くした母は遺骨が部屋にありながらも、もっと現実をうけとめることができないでしょう。

今となっては

在宅ホスピスを選んで

最期住み慣れた自宅でお友達や家族に囲まれての旅立ちが

良かったと思えるようになりました。(短かったからそう思えるってこともあるでしょうけど、)

病院だったらできなかったこといっぱいあったね。

お母さんや家族に負担をかけないように(なのか?)

大急ぎでお空に逝ってしまった父

なかなかやるじゃん

ありがとう

Img_00011

もう痛みも苦しみもありません。

頑張りました。

お疲れ様でした。

Img_00031

安らかにオヤスミナサイ

合掌

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日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

お父様、残念でしたね。
心よりお悔やみ申し上げます。
でもらんぷーままさんものすごく親孝行されたと思います。
残された短い時間のなかで一週間という日々を一緒にすごせたこと、
お父様が一番喜んでいたと思います。
大変だけど、病院で最後を迎えるんじゃなく、
住み慣れた自宅で家族や多くのお友達とお別れできたお父様も安心して逝かれたんじゃないでしょうか。
らんぷーままさん、寂しくなりますね。
どうかお疲れが出ませんように。
合掌

投稿: カレン | 2013年9月11日 (水) 21時14分

こんにちは。モモパパです。
お父様のご冥福を祈って。
        合掌・・・。

たくさんの方に見送られての旅立ち。
お父様も喜んでたと思います。
らんぷ~ままさんも悲しいことでしょう。
1週間でもそばに居られたのはお父様にとって最高にうれしかったのでは。
親孝行されましたね。

投稿: モモのパパ | 2013年9月13日 (金) 04時53分

カレンさんへ
ありがとうございます。
親孝行なんぞひとつもしとりゃせんですよ~
ちょこっと行って看たぐらいで
ぴ~ぴ~言って
近くで支えてた妹にしばかれますワcoldsweats02
けど在宅で看取るって
テレビとか本では知ってたけど
まさか家がそうするなんて夢にも思ってなかったよ~
病院の先生はホスピスの病院以外の病院は
死ぬとこじゃなくて
悪いところを治して自宅に帰すためのとこだって言ってました。
面談で(妹と私が呼ばれた)それを言われた時にはムカッときたけど
今となっては感謝しています。

投稿: らんぷーまま | 2013年9月13日 (金) 16時56分

モモのパパさんへ
コメント困ったと思うんだけど
いつも励ましのコメントありがとうでした。
まだまだこれから決めなくてはならないこととか
たくさんあって悲しんでいる暇のない残された母を少しでも
助けられるよう頑張ります。

投稿: らんぷーまま | 2013年9月13日 (金) 17時00分

いろいろと大変でしたね・・・
うちのジジと同じだよ。
冬の寒い日。ほんとにあっというまに逝ってしまった。

ふっ・・・ワシもそうありたいぜ♪と、語ってたおっとうは死ぬまでアッホウでっつ(^^;

投稿: ロン太郎 | 2013年9月13日 (金) 21時48分

ロン太郎さんへ
ありがとうでっつ。
ロン太郎さんも会社帰りにジジの顔を見て
またね
といってお別れで悔しい思いをされましたよね?
パパさんのじいじは意識がない状態でも20日
頑張ったので
なんで2日前に全裸でお風呂にいて
前日までとんがりコーンを食べたのに亡くなるのさ~!
と今でも信じられませんが
みんな一度は通る道・・・・
そう苦しまないで旅立ったことが何より
と思うことに。
それよかおっとう!
大会棄権で抜け殻状態になってないか心配でつ
気を確かにでっつ。

投稿: らんぷーまま | 2013年9月14日 (土) 19時46分

らんぷーままさん、大変だったのですね。
お父様のご冥福、お祈りいたします。

先の記事から読んで「あっけなかった」というのが伝わりました。

住み慣れた家で、苦しまないで、、、とは言っても、やっぱり色々思う事もあるでしょう。。。
寂しさは後から来ると言いますから、無理をしないようにしてくださいね。

それと、らんぷーちゃんもお留守番の間ほんとに不安だったんでしょうね。。。。ん~~パパさんも大変でしたね。
らんぷーままさんの、ありがたみが解ったかも?

投稿: 麻阿りんママ | 2013年9月20日 (金) 19時02分

麻阿りんママさんへ
ありがとうございます。
月日と時間と共に寂しさも落ち着いてくるのかと
思いきや
ええ~~~?何このポッカリ感はっ!?
みたいなときとかあったりします。
今まで夢になんかでてきたことないのに
↑バイクに乗ってるのは幼少の私なのですが
夢では大きなお父さんを後ろに乗せてバイクを運転しようとする私、アクセルふかしても進まない
みたいな夢見たり・・・
こらあ~~~
49日までだぞっ!
って父にお願いしとかなければ・・・
らんぷ~はあのブルブル震えるのがウソのようになくなって落ち着きました。
本当に不思議です。

投稿: らんぷーまま | 2013年9月24日 (火) 09時10分

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