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2013年9月 9日 (月)

お久しぶりになりました

ご無沙汰しております。

なんとも目まぐるしい3週間でありました。

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こりは

6年前のらんぷーままの実家でらんぷ~と爺ちゃん(らんぷーままの父)

最初で最後の記念写真

もう一回だけ逢いたかったな   byらんぷ~

父は17年前に肝炎から肝細胞癌、肝硬変と診断されて

あと5年の命だの、もうだめだとか言われながら

入退院を繰り返して17年もの月日

↑テーブルの上をみてもお分かりのように

お酒と煙草と高塩分を止めることなく

私が里帰りをしても健康な誰より元気でホントに癌患者かよ?

誤診なんじゃね~の?

というぐらい元気でした。

好きなお酒も煙草もお祭りも全然摂生しないでこんなにも長生きできて

病院の先生もこんな人病院始まって以来希少な患者だと呆れたり感心したり

肝臓は沈黙の臓器なので痛いとか感じない分何かを摂生する必要がなかったのかもしれません。

甲子園の決勝戦の頃でした。

いつものように

病院にお薬をもらいに受診した際

検査の結果の数値が悪く

いきなりの死刑宣告をうけ

その場で入院かあるいは在宅ホスピスをせまられる老夫婦

そう言われても~~~

みたいな実感のない老夫婦

足の付け根が痛くて足が上らないから

受診したついでに整形にも行ってみようなんて受付をしようとしたら

看護婦さんに見つかってまた内科の主治医のところに連れて行かれて

これは整形受診というより

リンパ節による骨転移で末期の症状なんです。と

説明されてもまだ信じてない二人でした。

この場合の入院とは今までの治療のための入院ではなく

最期の場ということなのでしたが

母はまだのんきに

んじゃ、私が毎日病院に付き添ったり、泊り込んだりも大変だから

在宅で療養にしよっかね

みたいなノリで在宅ホスピスを選択してしまいました。

アンタひとりでどーーやって家で看取るんじゃい!wobbly

できるわけがね~べっ!typhoon

末期の最期は暴れたりするひともいるし

脳症の症状が出ると昼と夜がひっくりかえったりお母さんは一睡もできなくなるんだよ

私が怒りまくってみてもあとの祭りです。

(母)だって呼べば24時間対応で看護婦さんも来てくれるっていうし

往診もしてくれて薬も届けてくれるんですってよ

なんて

どういうことか全然わかってない老夫婦

父はまだ少しは歩けて自分でトイレに行っているのに

電動の介護用ベットが自宅に運ばれ

それがどういうことかもわかっておらず・・・

モルフィネもばしばし使うというので

少しでも話のできるうちにと

私は急いで父さんに逢いに行きました。

母は”まあ、なんて気が早いの?まだまだ大丈夫なのに”

そんな感じでした。

 

どうやって記事にするか

あまりにあっけないお別れに

まだ気持ちの整理がついてないのですが

書かないまま、前に進めないので

少しずつ書き進めながら、また元気ならんぷ~の日記に復活しようと思います。

何日かは重たい記事になりますが許してね。

カレンさん、akikiさん、シュークリームさんへ

留守の間、頂き物が届き、お礼の返事が遅れてごめんなさい。

一気に書くのも辛いので

一旦コマーシャル!

あ、らんぷ~はどうしてたのかも、のちほど。

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コメント

こんにちは。モモパパです。
お爺様。
残念でした。
僕の父親は2度の癌摘出手術を行いましたけど2回目の手術では取りきれないほど転移しておりそのまま閉腹。
その後は悪くなってるのが目で感じられるほど。
60歳で他界してしまいました。

投稿: モモのパパ | 2013年9月10日 (火) 05時15分

モモのパパさんへ
あと5年とかいわれながらも
17年生きてきたので
今回もまたと家族の皆も信じられない気持ちです。
いつかはこの日がくることはわかってたことですが。
モモパパさんのお父さまもあまりに早すぎる生涯で悔しかったですね。

投稿: らんぷーまま | 2013年9月11日 (水) 11時50分

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